『 編集後記 』
今僕は編集後記の名のもとに一体何を書くべきかたいへん当惑している。本当はすらすらと、こうこうこういう事をしてこうなりました、結果はどうだったでしょう、とでも問へばいいのだろうが、その問う相手というのが、(もちろん広高の一員である僕も含めて)あまりに、その対象を成さないという事実がある為の当惑が現出してしまうのである。それは、図書室の利用状況、本の貸し出し状況等に、広尾図書室が広高生徒に対して持つ意味が、微少であるという残念な現実?を見る事ができる為であると思う。かといって、図書を利用する等という事は、仮にも、高校生というかた書きのついた我々に、強制的になされるべきものではないはずであるから、もう少し生徒諸氏?の積極的な姿勢を待つ以外に策はないのも事実である。とにかく今列挙したような「図書」への無関心が、図書室と広高生徒との唯一の関係を保つべき機関紙?である書燈への無関心へと関連してくるわけで、これはやはり残念な事である。と、まぁ、こう悲劇的に書いている図書委員長である僕が、書燈などというものを、かつて隅から隅まで読んだ経験がないというおそまつさであるから、生徒全体の無関心ばかりを批難するわけにもいかず、それならば、よませる工ふうをと言うわけで、苦労の跡を見てもらえると思う。別に、感動や共鳴なんて得られるようなしろものではないし、とにかく一回読んでもらうという主旨を中心に編集してみたわけである。
今回の書燈編集にあたって、中心になった随筆は、小山先生の多大なご協力によるもので、その他、有賀先生等、協力していただいた方々にたいして感謝とお礼を言っておきたい。とにかく、学校という機関に、図書室という一環はやはり必要なものであって、前にかいたように、広尾生徒の図書室利用の積極的な姿勢を期待して、編集後記なるものを終了したいと思う。
(二・B 西村)